魂哲11<仏>

魂にとって仏は心の故郷といったものだろう。
それは魂が陶磁器のような言葉で作られた形を持ち、それを守って
ゆくにはそれなりの理性がひつようであり、ストレスもともなうが、
少しでもかけたりすれば「役に立たないもの」と言われる可能性が
あるのに対し、「かけてもいいんだよ」と言ってくれる存在かもし
れない。
こなごなに砕けてもそれなりに利用価値がある、と言ってくれる、
それが仏なのだ。

神は魂を人間社会の最良の存在として磨き上げようとするが、仏は
大自然の一員としての命にめざめさせ、そのすそ野を豊かにする。
そういう意味で、神が理知的なのに対し、仏は本能的と言えるだろ
う。我々が太古から持っている命としての本能をめざめさせる。そ
こに心の安定をみいだす。

それは人間社会の哲学、というより大自然のあらゆめ生命共通の哲
理、といったものだろう。

仏典にも「生きとし生けるもの」という言葉がよくでてくる。
また、修行者は菩薩として里山のような環境で生活する。それは里
山が人間と自然との共存によって成り立っているからだろう。

仏教も進化すると高度な哲学を求めるようになる。それは仏陀の神
格化に伴って起こった進化と言えよう。
ほんらいは原始仏教のように素朴なものだった。

華厳経などでは宇宙真理と一体となった毘盧舎那仏(大日如来)を
もとめている。それは仏というより神に近いものだ。
それはバラモンが求めたブラフマンに似ているのかもしれない。

むしろ民間のなかで生き続ける地蔵菩薩のほうが仏に近い存在だろ
う。





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント